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AkkyFirenze

Author:AkkyFirenze
2004年から、Firenzeに妻のKAZUとネコのLEOと住んでます。
オペラが大好き。ピアノもちょっと弾きます。
楽しみは美味しいワインと料理、ピアノ伴奏。

この頃ブログよりFacebookに書くことが増えましたねぇ。

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射殺事件から思うこと

イタリア人の一人がセネガル人を射殺し、本人も自殺しました。
フィレンツェの街の真ん中、サン・ロレンツォのメルカートと、ちょっと離れているけれどダルマツィアでです。
人種差別からでしょうか?
確かにメルカートには黒人が屯しているけれど、あれが全部セネガル人でもないでしょう。
少なくとも私にはどこの国の人か分かりません。
白人でも北の方の人か南の人かの区別は付くけれど国名まではなかなか。
我々東洋人も日本人か中国人か韓国人かよく間違われるし、私が見ても一寸見分けられないこともあります。

犯人は極右翼に属し、鬱病だったようだけれど、セネガル人との関係は何だったんでしょう?
特にイタリアのこの経済不況、ユーロの弱体化、政治の無力化などの原因で、移民に厳しい目を持っていただろうことは想像出来ます。
イタリアにおける極右は、世界大戦時のファシズムで姿を見せたし、今後も何時暴発するか、危険をはらんだその国民性を用心して見ていなければいけません。

これは、日本人も同じように、ファシズムに走る要素を心の奥に秘めていることは、あの悲惨な戦争を思い起こせば否定出来ません。
現在の不況、災害から来る社会不安は、今回のイタリア人のように極端な方向に走らせる心配があります。
群れることが好きで、他人と同じでなければ生きられない日本人の性格は、危険な集団に膨らむ可能性があります。

しかしここではイタリアや日本、世界中の人たちの賢さを信じ、亡くなったセネガル人の冥福を祈りたいと思います。

私たち人間は常に不安や不満を抱えて生きています。
どんな社会で生活しようと、それが全くなくなることは、絶対にありません。
たとえ楽園に住んでいても、不満や懐疑からはアダムとイヴのように逃れられないのです。
私たちはその不安や不満を克服して、生きていかなければなりません。

人種差別を不満解消の対象にしてはいけません。

隣人を愛すことは大切なことですが、「愛すること」とはどんなことなのでしょう?
道ばたに座っている物乞いに恵んでいる人たちは、その行為によって自分が救われるのでしょうか?

今回の事件から、人間、宗教、社会、歴史・・・と考えてしまいます。
私の心配が杞憂にすぎないことを願います。

コメント

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先輩!

今晩は☆仰る通りですねっ!日本から見た伊太利亜の現在は残念ながら日本より深刻に財政破綻寸前です!そこで内乱みたいな事が起きても可笑しくないですよねっ!先輩も巻き添えにならない様に本当に気を付けて下さいねっ!

泱己君

Firenzeの若い市長が哀悼の意を表したり、常識的なコメントをあちこちで見聞き出来るから、今度の事件は大きくならないでしょう。
財政破綻は深刻のようですね。
伊太利亜と書くと世界大戦をイメージしますねーー。

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